阿部安成は横浜開港50周年記念行事を分析する中で,興味深い事実を指摘している。当時の新聞は,それまで貧しい寒村に過ぎなかった横浜が開港によって「世界に名だたる貿易港都」へと飛躍を遂げたと書き立てるが,この言説は近代国家日本の発展を強調する言説と重なりあう形で展開される。つまり,「横浜」の飛躍は「近代日本」の発展と平行関係に置かれ,「横浜市民」であることと「日本国民」であることに離酷や緊張関係は見られない。そればかりか,開港以前からこの地に住み,いわば開港・発展とは異なる記憶を語りうるはずの「古老」もまたこの枠組みに添った形で自らの思い出を回顧してしまうのである(阿部安成,1999)。明らかにここでは,横浜は国民国家に対抗しうるローカルな場としての資格を奪われている。というよりも,横浜という地のローカル・アイデンティティそのものが,近代日本のナショナル・アイデンティティに寄り添い,これと親和的に形成されているといってよいだろう。
— 森村敏己「記憶とコメモレイション」(「歴史学研究」742号 2000年より)